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七味をかける

日がなごろごろ

閉鎖空間における盛り上がりについて


ドライブに行ってきた。




「食わず嫌い」というか、やらないでなんとなく「たぶん、きっと好きじゃない」(歌詞みたいになってしまった)と思っていた事象が結構ある。


例えばそれは髪を染めるとか、ライブに行くとか、ウニとか、卓球をするとか、車を運転するといった事象が私の場合は当てはまる。今は嫌いではない。
北海道で食べたウニは美味しかった(どうでもいい)。
まだ好きになれていないことをあげれば、スポーツ観戦とか就活とかである。


人は不慣れなことを恐れる保守的な生き物なので、特に私はインドアオタクをしてきたのでそういうところがある。


免許を取ったのはわりと「まあやってみっか」的気まぐれの所業であり、実際合宿中ウワーンと泣き言を言っていた。ちなみに駐車は今でもど下手。

まあ取ったからにはもったいないし運転してみたいな、と思うのは貧乏性なのか、当然の心理なのか。


ともかくドライブに行ってきた。
小さい頃は親の買い物に付き合っていて、その時私は寝るの選択肢ばかりをチョイスしてきたので、あまりドライブというものを楽しいと思っておらず、なんでみんなあんなに車に乗りたがるのか…?と訝しんでいた。



いや、楽しいじゃん…


まず要因として仲のいい友人と一緒、というところがある。大きいね。分かる。
あとは好きな音楽を流しまくれるので半カラオケ的空間になること(楽しい)、あと水曜どうでしょう旅猿など旅番組の影響か。
加えて自分達で好きなルートを選べる、道を間違えたり不慣れであるがゆえのアクシデントなどのアトラクション感も盛り上がる要因だろうか。
ハラハラドキドキ。吊り橋効果?恋、始まる!?(始まらない)


ある種車の中は閉鎖空間であり、独自の雰囲気をつくり出すことが可能である。心地よささえある。
そして目的地が存在し、文字通り紆余曲折を経る、というストーリー性も生じる。
そう考えるとドライブが楽しいのは当然なのかもしれない。


常々旅行というのは目的地ももちろん重要だけれど、作り出される空間、雰囲気も大切だと思っていて、閉鎖空間はそれが比較的作り出しやすい場なのだとか考えたり。
じゃなかったら合宿とか修学旅行って楽しくないんじゃないかなー。共有が元にある非日常っていうの?





本当は海でハードボイルドを感じるという意味のわからないことが目的だったんですけどマジで快晴だったのでただただ楽しいだけだった、結果オーライ!?(ハードボイルド感はない)


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海鮮丼はうますぎである、終わり。
いつかは徹頭徹尾夜な夜なドライブしたいものである。今回はジュディマリって感じ。