七味をかける

日がなごろごろ

恋愛って必要なのか


オタクほど疑問を持ちがちな気がする。



単純に私の友達がほとんどオタクということもあるけど、それにしたってわりと考えるべきテーマだと思っている。



まず第一に、恋愛をしたほうが社会的・生物的に「ふつう」に属することができるので、多くの人間は当たり前に恋愛に向かうのではないかと言える。

それは恋愛の理由を探そうとしたときに大概のひとがまず挙げるものであり、疑問を挟む余地はあんまりない。



でも無意識にその選択をしていることを考えるとそういう理由以外のこともあるのではないか。


例えば一つとして承認欲求がある。
前提条件でいった社会的な承認欲求は対外的なもので、恋人への、というよりは友達であるとか家族に対しての承認欲求だ。
これはどちらかというと、優越感だったりあるいは疎外への恐れだったりする。立場的なもの。


それで彼氏への承認欲求っていうのはアイデンティティの確認というか充足感みたいな意味合いが強い気がする。
1人で生きていくとしたら自分の考えや感情を肯定するものがない。だからそれを他人に求める。


友達で良くない?とか、男女の恋愛じゃなくても良くない?とかの疑問が今度は出てくる。
それはメチャクチャ正しい。
(同時に男女の恋愛でも別にいいよね、とも言えるけど。)


それでもやっぱり多くの人は異性間の恋愛をする。


生殖本能以外の理由を考えると、なんとなくだけど比較しやすいからかも、と思った。
相対性というか。

恋愛は個として生きる分には不必要だし、デメリットも多い。
それでも承認が必要だとすると単純に、男女のほうがわかりやすいんじゃないか。


どれだけ個体差があるといっても、同性間よりも異性間の方が差は出やすい。
まず見た目に分かりやすい。
次に性格に差がでやすい。


そうなるとわりと承認が楽だ。
はなから違っている個体に対しては人は受け入れやすい。
「女だから」「男だから」しょうがない、ということをしやすい。立ち位置が違うんだからそういう考えもあるんだなあ、となりやすい。
お互いの考えが違う形のままでも尊重することができる。

同性間だとどうしても似た者同士があつまりがちだ。
女の子の社会は特に同調圧力が強い。
これが撤廃されている友達がいれば別に彼氏はいらないんだろうと思う。友達で彼氏の機能は成立しているから。


恋人を作ることに肯定的じゃない人はきっと、そういう男女間の考えの差異が気持ち悪いって思うからじゃないかと思った。
文化が違うんだから理解できなくてもしょうがない。ジェンダーとしてみたら怒られそう。でもとりあえず現在はそういう傾向があるよね。



あともう一個、男女間の恋愛を人がする理由としては、考えることが面倒くさいからだと思う。
社会的に当たり前っていうのもあるけど、男女どちらでも愛せますってなると、フィルターをかけなきゃいけない。

いままで友達としてみてた人は本当に友達か。
同性のほうが友達はだいたい多い。
その人達を頭の隅で恋愛対象、性対象として置き換えるのって結構だるくないですか。
そういうのの防衛本能が一つあるんじゃないかと思った。

そして、同性の恋人ができたときもなかなか面倒くさい。
異性の恋人のときに気をつけるのは、異性の友達と2人きりで遊ばない、とかだ。
でも同性だったら?何に気をつければいい?
結構めんどい。嫉妬しない人間なんていないし。

それで同性の方が考え方が違ったときに逃げどころもないのもある。
「男だから」「女だから」って結構便利な言葉だ。




長々と書いたけど

①恋愛のメリットは社会的にも、生物的にも、自分の承認欲求的にもある。

②恋愛のデメリットは面倒くさいところで、異性間の方がまだ楽で、同性だともっと面倒くさい。

ということを言いたかったのでした。


別に恋愛は必要じゃないし好きにしていいと思うヨ…。








一つ愚痴を言うとカレピのはなしできないのは結構面倒くさい。
友達には友達の話していいのに友達には彼氏の話をしたら駄目な(というか気を使う)世の中、ポイズンです。
もっと楽に考えさせて〜〜〜〜
嫌味じゃないし優越感でもないから…

セクハラは相手が嫌だと思ったらセクハラなのでどうしようもないんですけどね!



以上です。