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七味をかける

日がなごろごろ

脳内MV出演しがち論


悪い癖なのだけれど地方出身者と話すと訛りが移ってしまう。

今夏徳島で免許を取った。
というのも、京都より西の地方に行ったことがなかったので、どうせなら遠い場所に行こうと思ったため。あと単に安かったので。

平和的光景

そうなると見事に近畿、中国地方からきた人ばかりになる。関東から来たのはなぜか中国留学生の子だけで、教官も当然徳島の人で、語尾はもれなく「〜やけん」(かわいい)。
私は訛りの環境に晒されることになったのだった。

その前には秋田に行っていたのだけれども、その中でもド農村、に行ったので、それを引きずり私の口調はよく分からんものになって行った。

ともかくとして、人は兎角影響を受けやすい生き物な訳です。少なくとも私はそうなのである(知らんがな)。

アメトークを見れば関西弁がうつり、オタク友達と喋れば早口になり、太宰治を読めば陰鬱になる、ユニゾンスクエアガーデンのシュガビタを聞いては玄関口でくるくると回る(MV参照)。
そう、音楽であってもそれは例外ではない訳で。

人は皆それぞれの人生の主人公だというけど、音楽を聴いている時の私は確実に自分に酔っているし、MVに出演しているし、そんな時に電車が通り過ぎようものなら、風に髪をなびかせ、「今の決まったな」と思っている。間違いない。最優秀主演女優賞受賞。圧倒的勝利。全米が泣いた

問題ははたから見てどうなっているか、ということで。
間違いなく間抜け。
いやそれは良く解釈した場合で確実に夜道でスキップしながらチャットモンチーを口ずさんでいる私は不審者である。SHISHAMOを聞きながら恐ろしく笑顔で階段をリズミカルに降りる行為もおそらく許されない。運動神経ないから多分リズミカルでもない。許せよ。許してくれよ。頼むから。

着実に表舞台の人間ではないので、自分の頭の中くらいは主人公でいさせて欲しいのですが、理性は「客観視」と囁く。

今日も私は理性と欲望の只中にいる。


メロンソーダを飲みたいという欲望に負けがち、さようなら。