七味をかける

日がなごろごろ

節約計画をする


浪費家であることはやめられない



お金お金お金、
と入社研修が始まってからずっと考えている。


欲しいものにはお金がかかるし、
当然生活にもお金がかかる。
ごはんはたまには外で食べたいし、
時々は旅行もしたい。


なので頭の中でそろばんをはじいている。
そろばんできないけど。

こういうときやはり意識はおぼろげになり、環境やら経営理念やらの重要そうだがおそらく私にはあまり関係してこないであろう話は左から右へ流れていってしまい、そうして時が過ぎるのを永遠に終わることのない計算と共に過ごしている。
そして大抵そのような計画は見るも無残に崩れ去り、跡形もなく買おうとしていたものやら貯金やらは夢のまた夢となっていくと経験則から予想できる。
しかしながらホテルに帰りスクワットをしながらよぎるのはやはり諭吉であり出費と収入を行き来しながら私を翻弄する。




そういうことをなぜ考え始めたかというと、
入社研修の初っ端に自己紹介をやらされ、男の子が節約と猫が趣味と言っていて、それもアリだな〜〜と思い、
また人事が貯金保険クレジットカード云々について喋っていたからです。


そしてまた私はおそらく反省が足りておらず言い訳が多い人間であると猛省しましたのでどうにかしたいなあとあきらめとともに希望しました





ともかく新しい趣味として倹約そしてメモ魔になることを目指したいなあと思った


ぐだぐだと読まなくてもいい文章を羅列し、過去の記事を読み返したところどうやら前の春も私は似たようなことを思っていたようで、阿呆かよ、鶏か、と思った


ひとまず言えることは社会人の休日は思ったより秒で過ぎて行くということだ
社会人と言えるのか甚だ疑問であるが



タイムイズマネー、初心を忘れるべからず





追伸①
あと、これは発見なのですが、自分メッチャ普通だな、と思いました。
島耕作も地道(その割にはすぐ女を抱くし出木杉野郎だが)が自分に合うと自分のことを評価しているし合うやり方でやっていきたいですね


追伸②
新居、引っ越したので清々しい気分です。

退勤した


バーを辞めた。


2年半勤めるとそれなりに愛着も湧くわけで、
知らない常連の方が少ないわけで、
一応今日送別会だったわけだけど20人弱の人が集まって大いに幸せだなあと思った。


ベロベロに酔うこともあって辞めたいなあなんて思ったこともあるけど、やってよかったね。


引っ越して、バイトを辞めて、学生はついに終わる。


皆さま、大井町カクテルバーロマンにぜひお越しくださいませ。

カラオケに行った


卒業するらしい



旅行をしてバイトをして送別会があって
なんでもないように友達と会っても次の日には会社に課題を提出して、
あー学生終わるんだなと思った

まだ図書室に本返してないし、バイトも辞めてない、ウケる


大人になりたくね〜〜〜〜

サラバ青春

恋愛って必要なのか


オタクほど疑問を持ちがちな気がする。



単純に私の友達がほとんどオタクということもあるけど、それにしたってわりと考えるべきテーマだと思っている。



まず第一に、恋愛をしたほうが社会的・生物的に「ふつう」に属することができるので、多くの人間は当たり前に恋愛に向かうのではないかと言える。

それは恋愛の理由を探そうとしたときに大概のひとがまず挙げるものであり、疑問を挟む余地はあんまりない。



でも無意識にその選択をしていることを考えるとそういう理由以外のこともあるのではないか。


例えば一つとして承認欲求がある。
前提条件でいった社会的な承認欲求は対外的なもので、恋人への、というよりは友達であるとか家族に対しての承認欲求だ。
これはどちらかというと、優越感だったりあるいは疎外への恐れだったりする。立場的なもの。


それで彼氏への承認欲求っていうのはアイデンティティの確認というか充足感みたいな意味合いが強い気がする。
1人で生きていくとしたら自分の考えや感情を肯定するものがない。だからそれを他人に求める。


友達で良くない?とか、男女の恋愛じゃなくても良くない?とかの疑問が今度は出てくる。
それはメチャクチャ正しい。
(同時に男女の恋愛でも別にいいよね、とも言えるけど。)


それでもやっぱり多くの人は異性間の恋愛をする。


生殖本能以外の理由を考えると、なんとなくだけど比較しやすいからかも、と思った。
相対性というか。

恋愛は個として生きる分には不必要だし、デメリットも多い。
それでも承認が必要だとすると単純に、男女のほうがわかりやすいんじゃないか。


どれだけ個体差があるといっても、同性間よりも異性間の方が差は出やすい。
まず見た目に分かりやすい。
次に性格に差がでやすい。


そうなるとわりと承認が楽だ。
はなから違っている個体に対しては人は受け入れやすい。
「女だから」「男だから」しょうがない、ということをしやすい。立ち位置が違うんだからそういう考えもあるんだなあ、となりやすい。
お互いの考えが違う形のままでも尊重することができる。

同性間だとどうしても似た者同士があつまりがちだ。
女の子の社会は特に同調圧力が強い。
これが撤廃されている友達がいれば別に彼氏はいらないんだろうと思う。友達で彼氏の機能は成立しているから。


恋人を作ることに肯定的じゃない人はきっと、そういう男女間の考えの差異が気持ち悪いって思うからじゃないかと思った。
文化が違うんだから理解できなくてもしょうがない。ジェンダーとしてみたら怒られそう。でもとりあえず現在はそういう傾向があるよね。



あともう一個、男女間の恋愛を人がする理由としては、考えることが面倒くさいからだと思う。
社会的に当たり前っていうのもあるけど、男女どちらでも愛せますってなると、フィルターをかけなきゃいけない。

いままで友達としてみてた人は本当に友達か。
同性のほうが友達はだいたい多い。
その人達を頭の隅で恋愛対象、性対象として置き換えるのって結構だるくないですか。
そういうのの防衛本能が一つあるんじゃないかと思った。

そして、同性の恋人ができたときもなかなか面倒くさい。
異性の恋人のときに気をつけるのは、異性の友達と2人きりで遊ばない、とかだ。
でも同性だったら?何に気をつければいい?
結構めんどい。嫉妬しない人間なんていないし。

それで同性の方が考え方が違ったときに逃げどころもないのもある。
「男だから」「女だから」って結構便利な言葉だ。




長々と書いたけど

①恋愛のメリットは社会的にも、生物的にも、自分の承認欲求的にもある。

②恋愛のデメリットは面倒くさいところで、異性間の方がまだ楽で、同性だともっと面倒くさい。

ということを言いたかったのでした。


別に恋愛は必要じゃないし好きにしていいと思うヨ…。








一つ愚痴を言うとカレピのはなしできないのは結構面倒くさい。
友達には友達の話していいのに友達には彼氏の話をしたら駄目な(というか気を使う)世の中、ポイズンです。
もっと楽に考えさせて〜〜〜〜
嫌味じゃないし優越感でもないから…

セクハラは相手が嫌だと思ったらセクハラなのでどうしようもないんですけどね!



以上です。

最高の1日


中学だか高校だか覚えちゃいないが、英語作文の課題のテーマで「最高の1日」というものがあった。


優秀作品の内容はあんまり覚えていない(多分寝てた)が、最高の1日とは忘れてしまうような日のことを指すのではないだろうかと思う。



今日は映画を見ることにした。しばらく寝正月で生産的なことをなにもしていなかったので。服が散らかっていたので片付ける。

1人で出かけるくせにちゃんと化粧をして、電車に乗る。微妙に9時からの回に間に合わなくて12時の回を見ることにした。それまでに喫茶店でモーニングを食べる。

映画館に高校の同級生がたぶんいたんだけど、彼氏っぽい人といたから話しかけられなかった。



ユニクロで服を買った。黒のタートルネックが毛玉だらけで、いい加減買い換えねばと思っていたから、いい機会だった。

これから友達の家に行くところだ。
あとバスの運転手さんが若めの女の人で、文庫本を読んでいてなんとなくいいなあ、と思った。




メチャメチャどうでもいい1日、たぶん忘れるんでしょうけれど、今日はなんとなく。

あるある言いたい


タイミングというものがある。


よく私は生まれたタイミングで運を使い果たした(平成7年7月7日生まれ)と言っているんですけど、
そう思うのも自分は当たりたくないタイミングで物事は当たるし、ガチャガチャで一番欲しくないものが絶対当たったりするからなんですね。
しょうもねえな、概ね幸せなんだけれども。


それは関係ないとしても、これは色んな人のあるあるだと思うんですが、何かを買ってからそれ以上良いものや、その時より安いものが見つかったりしませんか。
あの現象。


卒論終わってからドンピシャな参考文献見つかるよね、ウケる、教授教えてくれよ。責任転嫁。
学校のおすすめ図書コーナー、侮れませんね。



兎も角、その本の中にですね、物語の筋はあらかじめ決定されたものではなくてなにか行為が実現して次の行為の可能性が出現して、またその中の一つが実現することで可能性が…と展開は選択肢が実現して終了してまた可能性が出てくるという複雑な連続ね出来ているみたいな文章があるんです。


とすると、現実を舞台として捉えたら、買った後や物事が終わった後にもっと良いものが見つかるのは当然なのかもとおもいました。
失敗は成功の元であるとか言うけど、可能性が生じるのは過去の選択の結果なんでしょうね。




すっぱい葡萄的でアレですけど、卒論の後に本見つけてよかったナ〜〜と救われました、後で買おっと。

ナラトロジー入門、おもしろいよ!

今年、どうだった?


卒論という長いようで短い戦いが終わりました。



自身の至らなさに反省することしきりであった。
頭がいい気がしてるだけで全然だよ、君、勘違いだよ。

この学部じゃなかったら、なにを勉強してたんだろうと考えることもあるけど、よくよく振り返ると机上の空論めいた概念のようなものが出来ればどこでも満足したのかもしれない。



最近は卒論以外のことでいうと、電子タバコをふかしてみたり、お金がなかったり、どうぶつの森を延々とやったりしています。


あと前々から好きだった女の子のライブに行きました。
キモヲタ全開でチェキをとりました。結構恥ずかしかったです。色が白くて肌がメチャメチャ綺麗で、ちょっと挙動不審でかわいかったなー。



ともかく少年漫画でいうところの、閑話休題日常パートに入り、何もない日常サイコーという感じです。


喫茶店に作業以外の目的で久しぶりに行きました。




今年もあとすこし。